日本代表香川真司について

香川真司

香川真司は兵庫県神戸市出身のプロサッカー選手でブンデスリーガ・ボルシア・ドルトムントでミッドフィールダー、フォワードとして活躍しています。

香川真司は幼稚園の頃からサッカーをプレーし始めました。小学校1年生となった1995年から地元のマリノFCに所属しました。小学5年生の時には神戸NKサッカークラブに所属しました。小学4年生で神戸市選抜のメンバーに選出され、小学5年生になると神戸NKの監督からFCみやぎバルセロナへのサッカー留学を勧められました。2001年中学校入学と同時にサッカー留学して、仙台市立八乙女中学校に通いながらFCみやぎバルセロナのジュニアユースに所属し練習に励ました。この時期、ナショナルトレセンやU-15日本代表にも選ばれました。2004年宮城県黒川高等学校に進学して、高校1年生の時に日本クラブユースサッカー選手権大会に出場しました。2005年9月、高校2年生の時にU-18東北代表に飛び級で選出され、仙台カップ国際ユースサッカー大会にボランチとして出場して、MIPの1人に選ばれました。

香川真司は2005年12月18日に出身地である兵庫県神戸市に程近い大阪市東住吉区に本拠地を持って、Jリーグのクラブチームであるセレッソ大阪と仮契約しました。ドルトムントのホーム試合に招待された香川は、8万を超える観衆が送る大声援に感激し、早い段階でドルトムントへの入団希望を伝えていました。2010年7月1日ブンデスリーガ1部のボルシア・ドルトムントに移籍して夢を叶いました。マンチェスター・ユナイテッド時代(2012年)の香川のトレーニング風景で2012年6月5日、イングランド・プレミアリーグの名門マンチェスター・ユナイテッドFCへの香川の完全移籍に関してドルトムント及びマンチェスター・ユナイテッドの双方が合意したことが両クラブから発表され、香川は同月22日にメディカルチェックをパスして、英国の労働許可証を取得した上でマンチェスター・ユナイテッドと正式に契約を結びました。

香川真司

2014-15シーズン香川は同監督から「私はアメリカでのプレシーズン遠征で彼を守備的MFの位置で試したが、彼は私の望みと哲学を満たさなかった」と評され、リーグ戦の開幕後も出場機会が得られない状況に陥ったため、2014年8月31日に古巣ボルシア・ドルトムントへの復帰が発表されました。契約期間は4年間。復帰後のドルトムントでの背番号は7番を割り当てられることとなり、復帰戦となったブンデスリーガ第3節SCフライブルクではトップ下で先発出場して移籍後初得点を記録しました。

香川真司選手は攻撃面での高い技術およびセンスを備えたセカンドストライカーないしトップ下であり、ボールのコントロール能力、敏捷性、カットイン時のオフ・ザ・ボールの動き、視野の広さ等は高い評価を得ていました。ドリブル、シュート、パスと、攻撃の組み立てからシュートに関わるプレー能力が高く、主にカウンター攻撃やショートカウンター攻撃ではスピードに乗りながらプレーすることができるといわれました。一方、後述するように体幹の強度は今一つであり、攻守両面におけるパワーを用いたプレーについての評価は決して高いと言えません。また、動き出しのタイミングを見極める力やスペースを見つけ出すセンス、敏捷性に優れ、味方のパスを引き出す能力に長けています。そのほか、ボールの扱いそのものも巧みで、バイタルエリアで動きながらボールを受けた後に素早く反転するための優れたトラップ技術も持っています。この技術により、ゴールを背にした姿勢でボールを受けても力の強いディフェンダーとの競り合いをうまく回避してフィジカルの不足を補いながらゴール正面を向くことができます。また正面を向いた際の足元の技術とゴール前での冷静さ、視野の広さ、両足でボールを扱える器用さを持ち合わせているという評価があります。

香川真司は女優の長澤まさみの大ファンです。2012年6月に『とんねるずのみなさんのおかげでした』にゲスト出演した際には「僕が23年間、片思いをしている人」として番組内で公開告白して、メディア等で話題となりました。ただし長澤は、香川が小学5年だった2000年1月の東宝「シンデレラ」オーディションでグランプリを獲得して芸能界入りしており、芸能界入り前から知り合いだったかは明かになってはいません。長澤の父である長澤和明は、1999年から2001年までソニー仙台FCの監督をしており、2001年春に香川がサッカー留学で仙台に移住したときにはまだ同クラブで監督をしていました。

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